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わかってしまった以上、見て見ぬふりはできない。
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NPO法人ワンファミリー仙台は、2026年7月19日、法人設立20周年を迎えます。
20年前、福祉の経験も資格もなかった二人から、ワンファミリー仙台は始まりました。
振り返れば、私たちをここまで動かしてきたものは、とてもシンプルでした。
目の前に困っている人がいる。
そのことを知ってしまったら、見て見ぬふりはできない。
その想いから始まった小さな活動は、たくさんの人との出会いを重ねながら、必要な支援を生み、仕組みをつくり、少しずつ地域に浸透していきました。
そして20年がたった今も、その根底にある考えは変わっていません。
私たちの原点と、次の世代へつないでいきたい大事な想いを、この場を借りてお伝えします。

ワンファミリー仙台を立ち上げたきっかけは、
私、立岡も徃見副理事長も、福祉の専門家だったからではありません。
むしろ、何の経験も資格もない「素人」でした。
最初に始めたのは、ゴミ拾いの活動です。
もし当時、ホームレス支援の制度がほとんど何もないことや、その後どれほど大変な道のりになるのかを知っていたら、怖気づいてやっていなかったかもしれません。
ときに、無知とは強いものです。
「困っているんだから、しょうがないじゃん」
目の前に困っている人がいるなら、できることをする。
人として当たり前のことを、ただ当たり前にやっただけだったのだと思います。
そこから、ワンファミリー仙台の歩みは始まりました。

ホームレス状態にある人は、ときに「働かなかった結果だ」「本人の自業自得だ」と見られることがあります。
もちろん、一人ひとりに人生上の選択や責任があります。
けれど、実際に本人たちの話を聞いていくと、それだけでは説明できない現実がありました。
幼少期の虐待。
貧困。
家族からの排除。
十分な教育を受けられなかった経験。
障害や病気。
職場の倒産や離職。
依存。
そして、保証人がいないこと。
本人の努力だけではどうすることもできなかった困難が、幾重にも重なっていました。
もちろん、聞いた話のすべてが事実かどうか、私たちにはわからないこともあります。
それでも、その人がそこに至るまでには、社会の側が見落としてきた孤立や困難が確かにありました。
もし、自分が反対の立場だったら。
もし、自分がその家庭に生まれ、同じ環境で育っていたなら。
自分もどうなっていたかわかりません。
ホームレスになっていたかもしれない。
そう考えたとき、人を簡単に「自己責任」という言葉だけで裁くことはできなくなりました。
そして、わかってしまった以上、見て見ぬふりをすることが苦しくなりました。
それが、20年間、私たちを動かしてきた原動力なのだと思います。

最初の事業は、ホームレス支援から始まりました。
相談を受け続けるうちに、私たちの前にはさまざまな事情を抱えた人たちが現れるようになりました。
住まいを失った人。
刑務所を出ても帰る場所のない人。
障害や高齢によって地域での生活が難しくなった人。
DVや家族関係の断絶によって行き場を失った人。
困難を抱える若年女性。
そして、社会の中で孤立している人たち。
私たちが「支援する人を増やそう」と考えて、活動を広げてきたわけではありません。
目の前に困っている人がいた。
話を聞けば、その人に必要な支援が見えてきた。
必要なものがなければ、一つずつつくってきた。
シェルターや無料低額宿泊所を整え、生活を支える仕組みをつくり、地域で暮らし続けるための支援を重ねてきました。
その中で、私たちは何度も、人が変わっていく姿を見てきました。
かつて支援を受けた人が、いつか誰かを支える側に回ることもあります。
過去に誰かを傷つけてしまった人が、目の前にいる困っている人を支えることで、もう一度、社会との関係をつくり直していくこともあります。
人は、人との出会いによって変わることができる。
だからこそ、簡単に関係を切らない。
その人がもう一度、地域で生きていく道を
一緒につくり、ともに歩み続けること。
それが、20年間の中で形づくられてきた、ワンファミリー仙台の支援であり、
同時に、そういう社会になってほしいという願いでもあります。

2011年、東日本大震災が発生しました。
ワンファミリー仙台が中心となり、パーソナルサポートセンターを生み出し、仮設住宅での見守りや転居支援、生活再建支援に取り組みました。
そこで得た経験や知見は、その後の平時における居住支援などにもつながっていきました。
そして、能登半島地震。
被災者宅への全戸訪問による状況把握、いしかわ被災者支援センターの運営など、被災者一人ひとりの生活再建を支える取り組みにも関わってきました。
災害時でも、平時でも。
住まいは、生活を立て直すための大切な出発点です。
けれど、住まいを用意するだけでは、人の暮らしは立て直せません。
福祉。
医療。
仕事。
家族との関係。
地域とのつながり。
住まいと、その先の暮らしを地域で一緒に支える。
私たちは、その大切さを何度も学んできました。

支援の現場では、こんな壁にぶつかります。
目の前に困っている人がいる。
必要な支援も見えている。
けれど、それに対応する制度がない。
そんなとき、私たちが大切にしてきたことがあります。
「制度にないから、できない」で終わらせないこと。
必要なものが制度にないのなら、まず小さくつくってみる。
実践してみる。
そこで生まれた成果と、見えてきた課題を示す。
そして、行政や関係機関と対話しながら、より多くの人を支えられる仕組みへと育てていく。
私たちは、この20年間、それを繰り返してきました。
現場で始め、仕組みに変え、地域に残す。
目の前の一人を支えることから始まった実践と、そこから生まれた学びを、
次に同じ困難を抱える人も支えられる仕組みへ変えていく。
それが、ワンファミリー仙台が20年間、現場で積み重ねてきた実践です。

一方で、20年間、法人を経営する中で痛感したこともあります。
理念や善意だけでは、活動は続けられないということです。
どれだけ大切な活動でも、事業が続かなければ支援を届けることはできません。
働く人の雇用を守ることもできません。
自分たちがやりたいことだけを追いかけるのではなく、社会や行政、地域、そして何より当事者が何を必要としているのかを考える。
そして、そのニーズに対して、どれだけ多くの選択肢を示すことができるのか。
それが、NPOの経営には必要なのだと思います。
使命と経営は、対立するものではありません。
使命を守り続けるためにこそ、安定した経営が必要です。
これもまた、20年間の歩みの中で学んできたことの一つです。

これから、社会はさらに大きく変わっていきます。
AIを活用しながらも、人にしかできない対話や判断、一人ひとりに寄り添う伴走支援に、もっと多くの時間を使える組織にしていかなければならないと考えています。
同時に、
「NPOだから給料が安くても仕方がない」
「志があるのだから我慢すべきだ」
そんな古い常識も、変えていかなければなりません。
未来の若者たちが、福祉やNPOの仕事を、誇りだけではなく、自分自身の生活にも見通しを持ちながら選べる社会にしていく。
それも、私たちの次の挑戦です。
そして、最後に残るのは、やはり「人」なのだと思います。
制度をつくるのも、人です。
現場で誰かと向き合うのも、人です。
組織を次の世代へ引き継ぐのも、人です。
目の前にいる人が、なぜ今ここにいるのかを想像できる人。
わからないことから逃げない人。
仲間と支え合いながら、自分で考え、行動できる人。
そして、社会を少しでもよりよい方向へ変えようとする人。
そんな人を、これからどう育てていくのか。
それが、これからのワンファミリー仙台にとって、最も大きな挑戦の一つになると思っています。

20年前。
福祉の経験も資格もなかった私たちは、目の前にいる困っている人を、そのままにしておくことができませんでした。
そこから、ワンファミリー仙台は始まりました。
20年の間に、活動は大きく変わりました。
支援する人も増えました。
事業も増えました。
多くの仲間と出会い、さまざまな仕組みも生まれました。
しかし、変わらなかったものがあります。
目の前に困っている人がいる。
その背景を知る。
何が必要なのかを考える。
必要なものがなければ、つくる。
そして、わかってしまった以上、
見て見ぬふりをしない。
20周年は、私たちにとって一つの通過点です。
これまで受け継いできたこの想いを、次の世代へつないでいく。
そして、誰もが再び歩き出すことのできる地域をつくっていく。
誰もが「生きていてよかった」と思える社会へ。
ワンファミリー仙台は、これからも歩み続けます。
これまで20年間、私たちとともに歩み、支えてくださったすべての皆さまに、心より感謝申し上げます。
そして、これから始まる新しい歩みにも、引き続き力を貸していただければ幸いです。
NPO法人ワンファミリー仙台
理事長 立岡 学

「世界は一つの家族」
私たちは、この価値観を大事にしながら、日々活動しています。
誰もが安心して暮らせる地域社会を目指して。
この想いに共感いただけましたら、ぜひ私たちの活動を応援してください。


